講演3 大阪万博のAEDと緊急体制:
リアルタイムの万博の緊急体制の現状とシステムを用いたAED活用
愛知万博で活躍したAEDが大阪万博ではどう進化しているか
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻予防医療学分野教授
石見 拓 先生
20周年を迎えた市民によるAED
「健康ハートの日」が本年で40周年を迎えたとのことですが、AEDの歴史はちょうどその半分で、昨年の2024年7月、わが国で市民がAEDを使えるようになって20周年の節目を迎えました。現在、「まず呼ぼう、AED」の合い言葉のもと、20周年の心臓突然死の予防キャンペーンを展開中です。わが国には現在、約70万台のAEDがあり、この20年間の累計では少なくとも8,000人の命がAEDによって救われています。20年前、市民がAEDを使えるようになったことは、医療行為である電気ショックを市民に委ねたということであり、救命の主役が市民になったという、非常に大きなパラダイムシフトが起こったと言えます。そしてAEDの設置が進むことで、心停止からの救命率が劇的に改善しました1)。
愛知万博(愛・地球博)から大阪・関西万博へ
そのパラダイムシフトを社会に伝えていくために、万博というのは非常に重要な場であり、2005年に開催された愛知万博(愛・地球博)では約100台のAEDが会場内に設置されました。会期中に5件の心停止例が発生しましたが、4件にAEDが使用され、適切な蘇生により全員が社会復帰されました。万博がAEDを活用した救命のモデルとなり、わが国で実際にAEDが機能し、救命に結びつくことを社会に知らしめた非常に大きな出来事だったと思います。先日、愛知万博の跡地でイベントがありAEDの歴史についてお話ししてきましたが、愛知万博の時に心停止になりAEDで救命され、その後、一緒に普及啓発活動をしている方も参加してくれました。AEDの普及活動にとって非常に重要なことは、AEDによって心停止から救命された人たちが約8,000人いて、その人たちが証人として私たちと一緒にAEDの有用性を発信してくれるということです。
今回の大阪・関西万博では、デジタルを活用してさらに多くの心停止者を救うべく取り組んでいます。簡単に言いますと、スマホで救助者とAEDを呼ぶ「AED-GO」というアプリを活用し、AEDの適正配置により"心臓突然死ゼロ"を目指すというものです。来場者が会場内のどこで心停止を起こしても、3分以内にAEDが届いて電気ショックが実施できれば、ほぼ100%救命できますので、そのような体制を整えました。
「AED-GO」の仕組みは、地域で心停止現場から119番通報があると、消防指令センターが瞬時に判断し、あらかじめ登録しているボランティア(救命サポーター)の方々のスマホに情報を流します。情報には近くのAEDと心停止現場への最短距離が表示されていて、心停止現場付近のボランティアは、近くにあるAEDを持って心停止現場に駆けつけるというシステムです(図1)。
図1 スマホを活用し、心停止現場にAEDを届ける「AED-GO」
大阪・関西万博で稼働中のスマホを用いたAED救命システム
大阪・関西万博では、まず日本AED財団が各企業の協力を得て屋内(館内)に50台、屋外に25台のAEDを適正に配置しています。AEDの通常の活用範囲は150m程度で、この距離であれば1分で取りに行って1分で戻ることができますのでトータル5分以内には電気ショックがかけられることになります。しかし、大阪・関西万博ではピーク時には1日あたり最大28.5万人の来場者が予想され、AEDの通常の活用範囲よりも縮小する可能性があります。こういう時に「AED-GO」の仕組みを活用すると、「AED-GO」に登録した「AED携行者」や「AED設置施設のスタッフ」が連絡を受けて迅速にAEDを現場に運搬することにより、片道の時間ですむため、従来の距離の倍の範囲をカバーすることができます。大阪・関西万博で現在稼働中のスマホを用いたAED救命システムの場合、通報者からの119番通報では大阪府消防局指令情報センターが、会場スタッフからの通報では万博会場危機管理センターが「AED-GO」の駆け付け要請を行うという二重体制を取っています。「AED-GO」が起動されると、事前登録をした会場スタッフ等の関係者へ事案情報・AED位置情報がプッシュ通知されます。通知受信者は、AED位置情報・事案発生情報を確認し、心停止発生現場へ駆け付け対応することになります(図2)。
図2 スマホを用いたAED救命システム稼働中!
このようにAEDの適正配置とAEDをデジタル(スマホ)で呼ぶということに加えて、我々は万博のスタッフやパビリオン関係の方々にオンラインAED講習を実施しました(2025年1~3月にかけて11回。1回最大1,000名)。また外国人スタッフを対象に英語版アプリ(Liv for All)による講習を提供しています。
「AED-GO」の社会実装を目指して
以上のように万博で「AED-GO」を使った救命システムを使う一方で、これを社会実装することにも取り組んでいます。わが国の院外心停止者数は年間約9万人(毎日250人)とされています。一方、AEDで電気ショックが行われれば、半数以上が救命・社会復帰(各々50.3%、85%)できることが実証されています2)。しかし、わが国には約70万台のAEDが設置されています3)が、目撃例で電気ショックに至ったケースはわずか5.0%にすぎません4)。緊急時にそばにいる救助者が気付かないことや、最寄りのAEDの場所がわからないことが問題として考えられます。そこで、日本AED財団ではAEDの使用率を高めて電気ショックをしてくれる人を増やすために、三つのS(Sports、School、Social)に取り組んでいます。Sportsでは運動中の突然死ゼロなど、Schoolでは学校での突然死ゼロなど、Socialでは社会連携(電気ショックを5分以内に)などが活動の目標に置かれています。この三つのSを横串でつなぐものが「AED-GO」のようなデジタルだと考えています。スマホを活用して市民救助者を招集することの有用性は既に報告があり5)、JRC(日本蘇生協議会)蘇生ガイドライン2020でも「強い推奨」6)となっています。数年以内に、このようなデジタルによる救命システムを導入すべきだと思います。
進む「AED-GO」の実証実験
「AED-GO」は、愛知県尾張旭市(2017年1月より)、千葉県柏市(2018年12月より)、奈良県奈良市(2023年9月より)で実証実験を開始しています。通報から救急隊到着までの時間は、尾張旭市では非常に早く6分38秒、柏市では9分23秒を要しています。消防からの「AED-GO」通知から救急隊到着までの時間は、尾張旭市では3分47秒、柏市では6分10秒なので、この時間内に「AED-GO」で市民が駆け付けることができればAED到着時間が短縮されて救命率が上がると考えられます。出動指令から救急隊到着までの時間は、現在、全国平均で10分を越えており、さらに到着時間が延長する傾向にあるので、市民が「AED-GO」で駆け付けて活躍すべき時間は増えていくものと思われます。2025年7月1日より、滋賀県大津市、大阪市大阪南消防局(柏原市・羽曳野市・藤井寺市・冨田林市・河内長野市・太子町・河南町・千早赤坂村)でもこうした救命システムの導入が始まりました。海外のAED使用状況とわが国の近未来
海外では同様なシステムに数万人単位のボランティアが参加しており、システムで駆けつけた市民による心肺蘇生が多く実施されています。たとえばデンマークは、わが国と同じ時期に市民によるAED活用解禁(2003年)やスマホ活用開始(2017年)となりましたが、2020年からスマホシステムを全国に拡大して、今では院外心停止の約80%に市民の手で心肺蘇生が行われています(AED使用率は21%)。遠隔地の場合はドローンでAEDが運ばれます(9分で現場到着)。シンガポールでも今や、わが国の2倍の約10%がAEDで電気ショックを受けています。こういった国にわが国も追いついていきたいと考えており、今、日本AED財団ではAEDの仕組みを導入するための「AEDマップの整備」を進めています(図3)。あと1年もすると全国でマップ情報も整ってくると思われます。
図3 AEDマップの整備
最後に近未来の話をします。心停止はあらゆる場所で起こりますが、一番多いのは自宅(約70%)です7)。しかし、個人の家までAEDが届く時代はまだ到来していませんし、Home AEDの有効性は確立しておらず8)、どの程度のリスクの人を対象とするか、自宅での心停止の多くは目撃されない、心室細動以外の心停止/死因も多い、といった問題も残っています。
それでも、自宅で起こる心停止までアプローチしていく必要があるのではないかと思っています。実はまさにデジタルの活用で、病院外(自宅)で集積される日々のデータを活用し心停止リスクを予想して、Home AEDと組み合わせるような、さほど遠くはない近未来が到来するように思っています(図4)。そういったモデルの一つに大阪・関西万博がなって欲しいと思います。また、日本AED財団では、救命サポーターアプリ「チームASUKA」を導入しています。このアプリは、「AED-GO」の登録ボランティアのベースとなる救命サポーターの確保、登録ボランティアに連帯感や日常的にAEDに関心を持つ機会の提供、AEDマップの情報更新の支援、消防機関が承認したデータの「AED-GO」での活用、などに使われています。是非、皆さんにご参加いただき、デジタルアプリに触れていただきたいと思っています。
図4 AEDでより多くの命を救うためのデジタル活用
今後、全国「AEDマップ」の統一を目指し、「AED-GO」の成功事例を大阪・関西万博で積み重ね、そのレガシーを全国に広げたいと考えています。
最後になりますが、日本循環器学会 救急啓発部会は救急に関する予防啓発のコンテンツ9)も作っており、ご活用いただければと思います。
参考文献
1)Hazinski MF,et al: Circulation 2005;111:3336-3340Mitamura H,Nat Clin Pract Cardiovasc Med 2008;5:690-692
2)心原性心停止を目撃された28,834例(総務省消防庁2022年全国集計)
3)令和4年度厚生労働科学研究費補助金「市民によるAEDのさらなる使用促進とAED関連情報の取扱いについての研究」分担研究報告書
4)令和6年度版 救急救助の現況 消防庁
5)Ringh M,et al.:N Engl J Med 2015;372:2316-2325
6)JRC蘇生ガイドライン2020 第9章「普及・教育のための方策」PDF版430頁
7)Iwami et al:Resuscitation2008 ウツタイン大阪より
8)Bardy GH,et al.:N Engl J Med 2008;358:1793-1804
9)市民意識の向上による 心臓突然死減少へのアプローチ ~一般社団法人 日本循環器学会 救急啓発部会からの提言~

